大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

岐阜地方裁判所 平成7年(モ)2242号 決定 1997年1月16日

《住所省略》

申立人(被告)

田口栄

《住所省略》

甕哲司

《住所省略》

岡田繁

《住所省略》

吉田進

右4名訴訟代理人弁護士

小坂重吉

奥平哲彦

秋山賢三

山﨑克之

町田正裕

右小坂重吉訴訟復代理人弁護士

金澤優

《住所省略》

被申立人(原告)

久慈力

主文

被申立人(原告)は,平成7年(ワ)第669号株主代表訴訟事件の訴え提起の担保として,この決定の確定した日から14日以内に,申立人(被告)らに対し,それぞれ金1000万円を供託せよ。

理由

第一申立ての趣旨

被申立人(原告。以下「原告」という。)は,平成7年(ワ)第669号株主代表訴訟事件の訴え提起の担保として,申立人(被告)ら(以下「被告ら」という。)に対し,それぞれ相当の担保を提供せよ。

第二事案の概要

一  本件本案訴訟の概要

本件本案訴訟は,大日本土木株式会社(以下「大日本土木」という。)の株主である原告が,商法267条2項に基づき,取締役である被告らに対して損害賠償の請求をした株主代表訴訟である。すなわち,被告らは,大日本土木が関連会社であるホークスゴルフ株式会社(以下「ホークスゴルフ」という。)を事業主体とするゴルフ場「サシマカントリーゴルフクラブ」(以下「本件ゴルフ場」という。)の開発事業を遂行し,用地買収等の事業資金をホークスゴルフが金融機関から借入れるに際し,大日本土木をして債務保証をさせたこと及びその回収見込みが全くたたないにもかかわらず,さらに莫大な投資を必要とする本件ゴルフ場の建設計画を推進しようとしていることが,取締役の忠実義務ないし善管注意義務に違反し,債務保証額164億5500万円のうち64億5500万円の損害を会社に与えたとして,その損害賠償責任を負うというものである。

二  本件本案訴訟の請求原因事実の骨子

1  ホークスゴルフクラブに対する債務保証

大日本土木は,昭和61年ころに,茨城県猿島郡猿島町に本件ゴルフ場を建設することを計画し,平成4年に着工,平成6年10月に営業開始を予定していた。そして,昭和61年11月に事業主体となるホークスゴルフクラブを設立し,平成3年11月には,本件ゴルフ場について,猿島町長から茨城県知事に対して,開発行為同意書が提出され,平成4年2月に,ホークスゴルフクラブが,開発行為の許可申請及び設計承認申請をした。そして,同年3月に茨城県知事からホークスゴルフクラブに対して開発行為同意書が出され,平成6年10月に開発許可が出された。大日本土木は,ホークスゴルフクラブのために債務保証するという形で,本件ゴルフ場建設に関与し,その債務保証額は左記のとおりである。

平成2年3月期 約100億円

平成3年3月期 約100億円

平成4年3月期 約150億円

平成5年3月期 約160億円

平成6年3月期 約165億円

平成7年3月期 約165億円

2  本件ゴルフ場建設の違法性

(一) 大日本土木は,1980年代から本格的にゴルフ場の開発に乗り出し,平成7年3月現在,大日本土木が施工したゴルフ場は,建設中を含め60カ所を超え,自社開発のものも10カ所を数えるほどに存在する。バブル経済が破綻して経済状況が厳しくなる一方,ゴルフ場開発反対運動も盛り上がる中,ゴルフ場建設に対する投資がますます過剰となり,開発を推進しても採算が合わないことが明白であったにもかかわらず,大日本土木の取締役らは,根本的な計画の見直しをせず,本件ゴルフ場建設計画を強行した。そのため,大日本土木は,回収困難な過剰投資と有利子負債とを異常に膨らませてしまった。平成に入ってからの大日本土木の売り上げは伸び悩みとなって純利益は減少し,逆に借入金,偶発債務は急増している。とりわけ本件ゴルフ場は立地条件が悪く,コース設計が平坦すぎるなど魅力が乏しく,したがって,本件ゴルフ場建設を進めれば,大きな経済上の不利益を被ることは確実である。

(二) 本件ゴルフ場は,自然養鶏場を囲むような形で,コースのレイアウトがなされているが,本件ゴルフ場の造成による騒音,振動,排ガスの発生のほか,造成地からの砂塵や土砂流失により,右養鶏場の作業者の健康が脅かされ,鶏の健康の悪化と産卵率の低下を生じる。のみならず,安らぎ,静寂,豊かな景観,適度な日照・通風,大気の清浄,生物との共生等,人間や動物の良好な環境を形成してきた広大な平地林を破壊し,良好な環境で生活する権利,自然の恵沢を享受する権利を奪うことになる。

また,ゴルフ場が営業されると,大量の農薬,化学肥料,土壌改良剤等が使用されるため,大気汚染,水質汚濁,土壌汚染が発生し,右養鶏場の作業者の健康が脅かされるほか,鶏の健康の悪化と産卵率の低下を生じ,さらに,鶏卵の商品価値の低下をもたらす。また,散水やクラブハウスのために地下水が大量に使用され,地下水の水位の低下という影響を生じる。

このように,本件ゴルフ場の造成・営業は,憲法13条に保障された幸福追求権,同法25条に保障された生存権・健康を求める権利を侵害し,右養鶏場の経営者の基本的人権,生存権,環境権,自然享有権を侵害する。そのため,本件ゴルフ場建設を進めれば,反対世論が高揚し,大日本土木の社会的信用が失墜する。

3  被告らの責任

大日本土木の代表取締役である被告田口栄(以下「被告田口」という。各被告につき同じ。)及び同甕哲司並びに平取締役である同岡田繁及び同吉田進は,それぞれの立場において,会社のため適正な業務執行を図り,善良なる管理者の注意をもって業務の執行を監視する義務を負っていた。しかるに,被告らは,前記のとおり,本件ゴルフ場の経営が困難であり,またゴルフ場建設反対の世論にさらされることが予想されたにもかかわらず,経営判断を誤り,忠実義務ないし善管注意義務に違反して,本件ゴルフ場の開発事業を計画・実行し,大日本土木の経営状態を悪化させ,ホークスゴルフのための保証債務の回収の見込みが全くたたないという損害を与えたのであり,商法266条1項5号の責任を負う。

4  損害

ホークスゴルフへの保証額164億5500万円から,ゴルフ場予定地を転売した場合の推定価格100億円を差し引いた64億5500万円が大日本土木の損害額である。

5  小括

よって,被告らは,大日本土木に対して,64億5500万円を賠償すべき義務がある。

三  被告らの主張

1  悪意の意義等

商法267条6項が準用する同法106条2項に定める「悪意」とは,以下のような場合をいう。

(一) 第一に,株主代表訴訟が不当訴訟となる可能性が高く,かつそうした事情を認識しつつ,あえて訴えを提起した場合であり,具体的には次のような場合である。

(1) 請求の原因の重要な部分が主張自体失当であり,その主張を大幅に変更,補充しない限り,請求が認容される可能性がない場合

(2) 請求の原因に当たる事実の立証の見込みが低いと予測すべき顕著な事由がある場合

(3) 被告の抗弁が認められ,請求が棄却される蓋然性が高い場合

(4) 株主代表訴訟の提起が手続上明白に違法である場合

(二) 第二に,専らあるいは主として個人的な主義主張,政治的・社会的目的等を達成することを企図して訴訟提起に至ったと認められる場合等,正当な株主権の行使と相容れない目的に基づく場合である。

2  原告の悪意

(一)(1) 原告は,請求の原因において,任務違反行為と題して,「平成に入り,バブル経済が破綻して以降,経済状況が厳しくなり,また,ゴルフ場開発反対運動が盛り上がった。過剰な投資がますますかさみ,たとえ開発を推進しても,採算上あわないことが明白であった。にもかかわらず,被告ら役員は根本的な計画の見直しを行わず,一部の計画を強引に強行することによって,会社にダメージを与えた。回収が難しい過剰投資と有利子負債を異常に膨らましてしまった責任がある。」として,大日本土木のこれまでのゴルフ場開発事業の全て,すなわちゴルフ場事業全体かつ過去の問題について,被告らの責任を問題にしようとしているように主張しているが,その損害については,漫然と有利子負債というだけで,その行為と因果関係に立つ具体的な損害額は何一つ主張していない。

他方で原告は,「サシマカントリークラブについて,ホークスゴルフへ164億5500万円もの債務保証を行い,その回収見込みが全くないにもかかわらず,さらに莫大な投資が必要な造成工事を推進しようとしていることは,明らかに違法行為にあたる」と主張し,本件ゴルフ場の建設計画に限定して,しかも現段階においてこの事業を中止せずに推進することの責任を問おうとしている。

あるいは,「この偶発債務の一部は,会社にとって明白な損害となったため,この損害について訴訟を提起する」と主張して,ホークスゴルフに対する債務保証行為について,その責任を問題にしようともしている。

このように,原告が被告らの任務違反行為として主張するところは,大日本土木のゴルフ場事業全体についてなのか,本件ゴルフ場に関することなのか,また,債務保証等の過去の行為についてなのか,現時点での行為についてなのか,その趣旨が全く不明である。

仮に原告の主張が,現在において本件ゴルフ場の造成工事を推進していることが任務違反行為であるとの点にあるとすると,請求の原因「損害の表示」において,「ホークスゴルフ株式会社への偶発債務164億5500万円のうち担保価値相当分(開発許可済みのゴルフ場予定地として転売した際の推定価格)100億円を差し引いた64億5500万円であるとする主張と矛盾する。けだし,右の損害の主張は,本件ゴルフ場の建設を中止し,これを第三者に転売し清算した場合を想定したものであるが,現在において本件ゴルフ場建設計画を推進することが任務違反行為であるならば,その場合の大日本土木の被る損害は,事業を撤退することなく事業を継続したために生じた損害であって,事業を中止して清算した場合の損害ではないからである。

よって,原告の請求の原因中「任務違反行為」の主張は,首尾が一貫せず趣旨が不明であり,具体性に欠けた主張として失当というほかない。

(2) 原告は,164億5500万円の債務保証額の一部が,大日本土木にとって明白な損害となったと主張する。

しかし,偶発債務は未だ現実の債務ではないし,現実に法律上の債務となるか否かは将来における事業の展開ないし処理状況に左右されるものである。ホークスゴルフは大日本土木の関連会社であって,実質的に大日本土木において運営されている会社であり,本件ゴルフ場建設資金として金融機関から融資を受ける際,大日本土木が融資金164億5500万円について債務保証してはいるが,本件ゴルフ場は目下建設途中であって,右融資金の返済が不能になったとか,大日本土木が保証人として代位弁済を迫られているとか,代位弁済後には求償が不能であるといった事実が現実に生じているわけではない。

そして,ゴルフ場建設の収支は,基本的には,ゴルフ場が完成し会員権を販売した時点で明らかになるものであって,本件ゴルフ場の会員権募集が,どの時点で,どのような経済状況下において,どのように行われるのかが明らかにならない現時点では,損害の発生の有無を論じることはできない。

また,原告は本件ゴルフ場について,開発許可済みのゴルフ場予定地として転売した際の推定価格を100億円と主張するが,これについても全く根拠がない。

(3) 原告は,請求の原因において,権利侵害行為と題して,本件ゴルフ場の造成・営業過程において,騒音,振動,大気汚染,水質汚濁,土壌汚染等が生じ,これにより自然養鶏場の経営者ら地元住民の基本的人権,生存権,環境権,自然享有権を侵害するので,被告らが取締役としてこのような違法なゴルフ場の建設・営業を認めることは忠実義務ないし善管注意義務に違反すると主張する。

しかし,本件ゴルフ場は未だ本格的な造成工事に入っていない段階であり,今日の時点でゴルフ場の造成と営業によって,大気汚染や水質汚濁等が生じる旨の主張は,まさに仮定の主張である。それゆえ,自然養鶏場経営者ら地元住民に対する権利侵害についても,仮定的な主張にとどまり,権利侵害発生の事実や違法行為の内容について,その時期,態様,程度等の具体的事実の主張が全くなされていない。

また,原告は,右権利侵害行為として被告らに損害賠償を求めておきながら,その賠償額については全く主張していない。

このように,右権利侵害における損害賠償請求は,主張自体が未だ不完全であり完結すらしていないことが明らかである。

(4) 以上のように,原告の請求原因事実の主張は,主張自体がおよそ具体性に欠けており,その主張を大幅に補充,変更しない限り,請求が認容される可能性が全くないことが明白である。

(二)(1) 原告は,ホークスゴルフへの債務保証額164億5500万円のうち担保価値相当分100億円を差し引いた64億5500万円が,大日本土木に生じた損害であると主張する。

しかし,前述のように,本件ゴルフ場は建設中であり。ホークスゴルフへの右融資金の返済不能,大日本土木への代位弁済の請求,代位弁済後の求償不能の各事実が生じてはおらず,損害が現実に発生しているわけではないから,原告において損害を立証することは不可能である。

(2) また,被告らがどのような点において忠実義務ないし善管注意義務に違反したのかについて,具体的な主張がなされていない以上,原告がこれら義務違反の事実を立証することも不可能である。

(三) ゴルフ場建設計画は,その立案,実行のいずれも大日本土木の経営に関わる事項であるところ,大日本土木においては本件ゴルフ場を含め全ての案件のプロジェクト開発に当たり,事業計画の調査・立案,方針稟議の検討,実施稟議の決定等の慎重な調査検討を実施し,経営会議・取締役会に諮り決定している。開発案件の経済環境,立地条件,環境問題,パートナーの信頼度についても,あらゆる角度からの調査とシミュレーションを重ねた上で判断している。

被告らは大日本土木の取締役として,本件ゴルフ場建設計画において,会社のために最良の利益を図る目的のもとに,その権限の範囲内において,その都度誠実かつ合理的に判断し行動してきたのであるから,その経営に関する判断について,忠実義務ないし善管注意義務違反による責任を問われることはなく,いわゆる経営判断の法則に基づく抗弁が認められる可能性が大きい。

(四) 株主代表訴訟を提起するに当たっては,事前に監査役に対して提訴請求をすることが必要であるが,原告は,被告吉田に関してはこの提訴請求を欠くという重大な手続違背があり,同被告に対する訴えは却下を免れない。

(五) 原告は,ゴルフ場建設に対して全面的に反対する思想を抱き,その思想のもとに本件ゴルフ場に対する反対行動をしてきており,本件ゴルフ場建設反対運動の一環として,その目的を達成するための手段として本件株主代表訴訟を提起したのである。そうであれば,原告が,代表すべき株主としての利益とは全く関係なく,専らあるいは主として個人的な主義主張,政治的・社会的目的を達成することを目的として本件株主代表訴訟を提起したことは明白である。

(六) 以上のように,原告が,ゴルフ場建設反対運動の一環として,単なる個人的な主義主張,社会的な目的を達成することを企図して本件株主代表訴訟を提起したことは明白である上,訴訟の内容においても,その事実的,法律的主張の根拠を欠き,主張自体失当である。そして,主張それ自体のことであるから,原告においても,この点について十分に認識しているものというべきであって,「悪意」を優に推認し得る。

さらに,原告は,本件株主代表訴訟の提起に先立って,大日本土木監査役伊藤陽文に対し,本件訴状と同趣旨の指摘をして提訴請求したが,同監査役は,右請求に対し,監査役会の一致した意見であるとして,平成7年10月7日付書面をもって,同社取締役には債務保証行為を含め違法行為はない旨回答している。この点からみても,本訴請求が認容される可能性がないことを原告は知悉した上で訴えを提起しているのであるから,「悪意」であることは明白である。

3  本件本案訴訟により被告らの被る損害

(一) 被告らは原告から不当訴訟を提起され,しかも原告がマスコミを通じて記者会見をし,テレビや新聞で報道されたため,事情を知らない第三者からは,被告らがあたかも大日本土木の取締役としての業務執行に失態があったかの如く誤解され,個人的信用と名誉を著しく失墜させられた。

(二) 本件本案訴訟の訴額は膨大であって,このような請求を突きつけられたまま本件ゴルフ場建設に従事することは,精神的にも多大な負担を強いられるものであり,被告岡田は,心労のため不整脈の起こる回数が増加して苦しんでおり,被告吉田は,夜も寝られない日々が続いて体重が減少する苦しみを味わっている。のみならず,そのような精神的負担は,被告らの従事する日常の会社経営の業務執行にも計り知れない無形の影響を及ぼしている。

(三) 被告らのように大日本土木の取締役としての重責を担いながら,株主代表訴訟に応訴するには,専門家である弁護士に依頼するほかなく,そのためには,弁護士費用のみならず,調査費,記録謄写費,通信費等の費用を要する。また,被告らは,いずれも日常的には東京都新宿区に所在する大日本土木東京本社において執務しているため,訴訟の打ち合わせ等の便宜から東京在住の弁護士に依頼するほかないが,本件本案訴訟は岐阜地方裁判所に係属しているので,弁護士が出廷するための交通費も多額になることが予想される。

4  提供すべき担保の金額

(一) 担保提供命令により命じられるべき担保金額は,被告らが原告により本件提訴がなされたために現実に要した金額を始め,被告らに生ずべき物質的・精神的損害を担保するに足りる金額をもって標準とされなくてはならない。前記3の諸事実のほか,本件本案訴訟が単なる個人的な主義主張を展開するために株主代表訴訟制度を利用したものであって,請求原因事実の主張が不備であって請求の認容される可能性が極めて低いことを考慮すれば,担保金額を高額にする必要性は高い。

(二) このような観点から判断すると,少なくとも原告が請求した金64億5500万円の約2パーセントに相当する金1億2000万円を基準として,担保金額が決定されるべきであり,被告一人につき少なくとも金2000万円以上の担保の提供が命じられるべきである。

四  原告の反論

1  商法267条6項の準用する同法106条2項の「悪意」とは,嫌がらせや不当な個人的利益追求,取締役に対する私怨を晴らすこと等を目的とするなどの場合のほか,主張が十分な事実的,法律的根拠を有せず,代表訴訟において取締役の責任が認められる可能性が低く,かつ株主がこのことを知りながら,または通常人であれば知り得たのに,あえて代表訴訟を提起した場合をいうものと解すべきである。

2  原告には以下のとおり悪意は認められない。

(一) 被告らには,次のような任務違反行為,権利侵害行為が存在する。

(1) バブル経済の崩壊により,平成2年2月にはゴルフ会員権相場が暴落し,いまだに低迷を続けており,会員権販売が困難な状況にある。また,日本のゴルフ場のほとんどが採用している預託金会員制は,会員権相場が低迷している状況においては,いずれ預託金の返還請求がなされることは必至である。したがって,会員権募集による巨額の投下資本の回収は不可能である。また,ゴルフ人気自体が落ち込んできており,ゴルフ場入場者数も平成元年をピークに減少してきている。したがって,ゴルフ場営業による投下資本の回収もまた不可能である。このような経済状況を考慮すれば,通常の企業人であれば本件ゴルフ場開発を断念するのが合理的判断であったにもかかわらず,被告らは,本件ゴルフ場開発を中止せず,164億5500万円もの巨額の保証債務を大日本土木に負担させた。

(2) ゴルフ場が建設されると,森林を破壊し,地盤の保水力・緊縛力を喪失し,またゴルフ場が営業されると大量の地下水を消費する。さらに,大量の農薬,土壌改良剤,化学肥料が散布されることにより,周辺環境を汚染し,キャディーやゴルファーのみならず,周辺住民にも健康被害等をもたらす。そのため,平成元年には,本件ゴルフ場予定地内で自然養鶏場を経営する地権者の同意と土地の権原の取得が困難であることが明確になったにもかかわらず,本件ゴルフ場建設を強行した。

(3) 本件ゴルフ場予定地は,オオタカの営巣地域であったが,被告らは十分な事前調査をしないまま,本件ゴルフ場建設計画を強行した。そのため予定地内の営巣木とみられる木を伐採したと非難されている。

(4) 以上のような諸事情が存在したのであるから,被告らは,遅くともバブル経済崩壊の影響が顕著になり,ゴルフ場開発が採算上成り立たなくなることが予見できた平成3年までに,本件ゴルフ場開発計画を中止すべき忠実義務ないし善管注意義務を負っていたにもかかわらず,経営判断の誤りにより右計画を推進したのであり,被告らの任務違反行為,権利侵害行為は明らかである。

(二) 前述のように,ゴルフ会員権相場の長期低迷により,会員権募集による投下資本の回収は不可能であり,またゴルフ場の営業による回収も同様に不可能であるから,現時点において,大日本土木のホークスゴルフへの164億5500万円の債務保証は,損害として現実化している。

(三) 株主代表訴訟には,取締役の任務懈怠等による損害を填補する機能(填補的機能)と,取締役の任務懈怠や違法行為等を防止する機能(抑止的機能)とがあり,本件本案訴訟は,会社に対して甚大な損害を与えて顧ないワンマン経営体制,尋常な経営者としての経営判断を大きく逸脱したワンマン経営体制,周辺住民の権利を著しく侵害して顧ないワンマン経営体制,会社の責任者としてあるまじき様々な行為を繰返す経営体制に対して,株主から発動される企業経営の健全性確保機能であり,会社の公益的機能の確保を目的とするものである。原告は,これまでゴルフ場問題に取り組んできたが,ゴルフ場問題の組織に入り,ゴルフ場問題の著作を著し,ゴルフ場問題の活動をした者が提訴すると株主代表訴訟制度を逸脱した濫訴になるというのであれば,いわゆる住民運動型の株主代表訴訟そのものが否定されるという重大な結果になってしまうのであり,会社の健全性確保機能,取締役の違法行為に対する抑止機能を持った株主代表訴訟の存在が根底から覆されることになる。また,原告の思想・信条・活動を特別視するような被告らの論理は,思想及び良心の自由を認めた憲法の精神に反し,容認できるものではない。

(四) 被告吉田については,監査役への提訴請求を欠いてはいるが,提訴請求と株主代表訴訟とが,訴訟内容において必ずしも全て一致している必要はなく,一致していなければ訴えが却下されるという規定もない。提訴請求と株主代表訴訟との関係は,住民監査請求と住民訴訟との対象の同一性の問題と同様に考えることができるのであり,提訴請求と密接に関係があり,実質的な同一性があり,提訴請求を前提として後続することが当然予想される行為又は事実であれば,株主代表訴訟の対象とすることができるのである。

被告吉田は,平成4年6月から東京土木支店副支店長,平成7年4月から東京土木支店長を務め,本件ゴルフ場建設に重大な関わりを持ってきた。したがって,株主代表訴訟の被告として追加しても容認されるのは当然であり,提訴手続に瑕疵はない。

(五) 以上の点から,原告に悪意が認められないことは明らかである。

第三当裁判所の判断

一  悪意の意義等

1  株主代表訴訟制度は,取締役の特定の違法行為によって会社に損害が生じたにもかかわらず,会社を代表して当該取締役の責任を追及すべき監査役がこれを怠っている場合に,株主がこれに代わって取締役に対して責任の追及をするというものである。このような株主代表訴訟制度の趣旨に鑑みると,右制度は会社に生じた損害の事後的回復を目的としたものであると考えられる。もちろん右制度には,取締役が違法行為を行うのを防止し,会社の健全性を確保するという機能も認められるが,それはあくまでも右制度が存在することによる副次的な効果にすぎないというべきである。したがって,株主は,会社の健全性を確保するためには,取締役による違法行為と会社に対する損害発生の事実を特定するまでもなく,株主代表訴訟を提起できる旨の原告の主張は採用できない。

2  株主が悪意によって株主代表訴訟を提起した場合には,被告となった取締役等はこれを疎明して担保の提供を求めることができる(商法267条5,6項)。これは,株主による濫訴または会社荒しによる提訴を防止し,取締役等を不当な訴え提起から保護することを目的とするものであるが,より直接的には,右株主代表訴訟が不法行為を構成する場合に,被告が将来取得する損害賠償請求権を担保することを目的としている。

3(一)  右のように,担保提供制度の直接の目的が不当訴訟を理由とする取締役等の株主に対する損害賠償請求権の担保であるとすると,将来株主代表訴訟の提起が不当訴訟となる可能性のある一定の場合には予め提訴者である株主に対して担保の提供を命じる必要性が生じる。すなわち,株主代表訴訟の提訴者である株主の主張する権利または法律関係が,事実的,法律的根拠を欠くものである場合,具体的には,請求の原因の重要な部分が主張それ自体から失当であり,請求が認容される可能性がない場合,被告の抗弁が認められ請求が棄却される蓋然性の高い場合,請求原因事実の立証の見込みが低いと予測すべき顕著な事由がある場合,又は重大な手続違背があるために訴えが却下される蓋然性が高い場合等に,提訴者がそのことを知りながらまたは通常人であれば容易にそのことを知り得たのに,敢えて訴えを提起した場合には,右訴え提起は悪意に出たものと一応認めるのが相当である。

(二)  また,株主代表訴訟制度が,会社に生じた損害の回復を目的としていることを考えると,株主が,専ら取締役等に対する嫌がらせ等不当な目的に出た場合はもとより,そうでない場合であっても,専ら個人的な主義主張,政治的,社会的目的等を達成することを企図して株主代表訴訟を提起した場合には,形式的には前項記載の不当訴訟とはいえないような外観を呈していたとしても,右企図は株主代表訴訟制度本来の趣旨,目的に反することは明らかであるから,提訴者の主張する事実的,法律的根拠の有無・程度等を全体的に考察し,これが右制度の趣旨,目的を逸脱していると一応認められるときは,本案の提起が悪意に出たものとして,株主に対して担保の提供を命ずることができると解すべきである。

二  本件における原告の悪意の有無

右の見地に立って以下検討する。

1  本件本案訴訟における原告の主張内容について

(一) 原告の主張は,要するに,被告らが経営判断を誤り,本件ゴルフ場の開発事業を計画・実行したこと及び経済状況等が悪化したのに本件ゴルフ場の建設計画の見直しをせずに推進し,大日本土木の経営の悪化と危機を招いたことが,忠実義務ないし善管注意義務に違反する行為に当たるというものであるが,そもそも企業における経営判断は極めて多種多様かつ予測の困難な社会的,経済的要因に基づきなされるべきものである上,一般に事業計画の立案,実行,中止等重要な経営事項の判断については,経営会議や取締役会,更にはその構成員である各取締役の広範な裁量に任されていることが認められている。したがって,単に景気変動等の経済状況の変化により,結果として会社の経営が悪化したからといって,取締役個人による不正行為その他右裁量を踰越,濫用したなどの特段の事情もないのに,直ちに当該取締役が忠実義務ないし善管注意義務に違反して経営判断を誤ったとか,そのために会社の経営が悪化したなどといったことを認めることはできない。

原告は,被告らが,平成2年以降に生じた未曾有のバブル経済崩壊という経済状況を当然予見できたとして,昭和61年頃から計画され,平成元年8月頃から実行に移された本件ゴルフ場の開発事業を遂行したことをもって,被告らが経営判断を誤り,取締役としての忠実義務ないし善管注意義務に違反するかのように主張するが,右経営判断の性質に照らし到底採用できないものである。

(二) また,原告は,バブル経済崩壊が進行し,ゴルフ場経営が採算に合わず,建設反対の世論もいよいよ高揚する状況となったにもかかわらず,被告らが,本件ゴルフ場の建設計画の見直しをせず,これを推進したことが,前同様取締役としての忠実義務ないし善管注意義務に違反する行為である旨主張するけれども,本件記録によって認められる大日本土木の企業目的や経営形態,本件ゴルフ場開発事業の規模,投資額或いは中止した場合の経済効果等を考えると,事業計画を中止するか推進するかの決定についても又,前同様極めて困難な経営判断を伴うことが容易に理解されるところであるから,右経営判断の性質に照らし採用することはできないものである。

(三) なお原告は,その他特段の事情を含め,被告らが経営判断を誤り,これが取締役としての忠実義務ないし善管注意義務違反に当たることを基礎づける事実につき何ら具体的な主張をしていない。

(四) かえって,本件記録によれば,大日本土木においては,ゴルフ場建設計画の立案,実行は同社の経営に関わる重要な事項であるとの見地から,右事業計画の調査・立案,方針につき,それぞれ稟議・検討をし,さらに実行の決定等についても慎重な調査検討を実施した上,経営会議・取締役会に諮って最終的な決定をしており,その際,ゴルフ場開発案件の経済環境,立地条件,環境問題,パートナーの信頼度についてもあらゆる角度からの調査とシミュレーションを重ねていること,また,事業を中止するか推進するかについても,漫然と成行に任せているというわけではなく,経済環境,環境問題などについても絶えず慎重な調査検討を続け,経営会議や取締役会に諮ってこれを決していることが一応認められる。

(五) 以上のとおり,被告らが本件ゴルフ場の開発事業を立案,実行し,原告主張のゴルフ場反対運動の高揚にもかかわらず,これを推進することについて,取締役としての裁量を踰越し或いは濫用し,経営判断を誤り,忠実義務ないし善管注意義務に違反して会社の経営を悪化させ経営危機を招いたものであるとの原告の主張事実を認めることは極めて困難な状況にあることが一応認められる。

(六) 株主代表訴訟を提起するためには,事前に監査役に対して提訴請求をすることが要件となるが,本件記録によれば,原告は,本件本案訴訟提起前に被告吉田については,大日本土木の監査役に対して提訴請求をしていないことが認められる。したがって,被告吉田に対する訴えについては,重大な手続違背を理由に却下される蓋然性が高いと認められる。

なお,原告は,住民監査請求と住民訴訟との対象の同一性の問題と同様に考えるべきであり,提訴請求しなかった取締役についても,被告として追加することはできる旨主張する。しかし,前者は訴訟の対象の同一性の問題であり,後者は当事者の同一性の問題であって場面を異にし,両者を同列に論じることはできないものというべきである。

(七) 以上のように,原告の本件本案訴訟における請求は,その主張する内容から,主張自体失当とされるおそれが一応認められる上,右請求を根拠づける事実の立証が困難であると見込まれるところも存する。したがって,本件本案訴訟において被告らの責任が認められる可能性は低いものであり,また被告吉田については,手続に重大な違背があり,訴えが却下される蓋然性が高いものであることが認められる。しかも,これらの事実は原告の主張そのもの又は提訴手続そのものから判明する事柄であるから,原告は,右のような事情を認識しつつ,訴えを提起したものと一応認められる。

2  本件本案訴訟提起の目的等について

本件記録によれば,原告は,これまで各地のゴルフ場の反対運動に関わり,反対運動に関する著作も著していること,本件ゴルフ場についても反対運動を展開し,平成7年11月6日付で報道関係者に配布した書面には,平成6年夏から株主代表訴訟の可能性について検討を始め,平成7年2月に大日本土木の株式を取得し,大日本土木に本件ゴルフ場の開発中止を迫ったが,大日本土木がこれに応じないため本件本案訴訟を提起した旨記載されていること,原告は,ゴルフ場の採算の良否については考えたことがない旨自認していることが認められる。これらの事実に加え,前示のように原告の主張内容が,事実的,法律的根拠を欠き,被告らの責任の認められる可能性が低いことを考え併せると,原告は,専ら本件ゴルフ場建設を中止させることを目的として,本件本案訴訟を提起したものと一応認められる。

3  以上によれば,原告は,本件本案訴訟の提起について悪意であると一応認められる。

三  担保の額について

1  悪意の原告株主に対して提供が命じられる担保は,提起された株主代表訴訟が不法行為等を構成する場合に,被告である取締役が将来取得するであろう損害賠償請求権を被担保債権とするものであるから,被告が被ると予測される損害額を基礎に,株主代表訴訟が不法行為となる蓋然性の程度,請求の内容,代表訴訟における被告の人数,その他右訴え提起に関する諸般の事情を考慮して,裁判所が裁量により決定し得るものと解すべきである。

2  本件においては,当裁判所は,原告の被告らに対する64億5500万円の損害賠償請求について,前示のとおり悪意と認定した。そこで,前示諸般の事情を考慮すると,原告は被告らに対して各1000万円の担保をそれぞれ提供すべきである。

第四結論

よって,被告らの本件各申立てはいずれも理由があるからこれを認容し,主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 福田晧一 裁判官 黒岩巳敏 裁判官 田尻克已)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例